1997年1月28日に朝日新聞に掲載された記事をご紹介

普通の家では未来に通じない ~不自由な体で得た視点~

町田市忠生二丁目に、一棟のモデルハウスが完成した。 高齢者や障害者が生活しやすいように設計されたバリアフリーの家だ。建てたのは、市内で建設会社を経営する志水勇祐さん(57)。 三年半前に脳卒中で倒れたことが、モデルハウスづくりの原点となった。

倒れたのは1993年9月、ホテルで会合中のときだった。 病院に運ばれ、検査で脳に大量の出血が見つかった。 「命はだめかもしれません」。妻の千代子さん(54)は、医者からそうささやかれた。 意識がない中で、志水さんは夢を見たという。 目の前にきれいな川が流れていた。向こう岸でみんなが「おいで」と手招きする。 橋を渡ろうとしたが、だれかに邪魔されて、何度試しても渡れない。 翌朝、意識を取り戻した。

左半身がマヒし、まったく動かせなくなった。 3ヶ月の入院生活のあと、リハビリのために転院したが、「さらに半年から9ヶ月の入院が必要」と言われた。 会社が気がかりだった。 「リハビリが終わって復帰しても、会社がつぶれてしまっていては元も子もない」。医者が止めるのを振り切り、わずか3ヶ月で退院した。

半身が動かないというのは、体半分を重りのように引きずって生活することだ。腰を下ろすのも大変だ。 畳をカーペットに換え、ソファを置いた。家中に手すりをつけた。トイレや浴室も改装した。

一級の障害者手帳を手にして初めてわかったのは、つえをついて一歩外へ出ると、公共施設はもちろん、道路から普通の住宅にいたるまで、 障害者への配慮がまるで足りないという現実だった。 わずか数センチの段差につまずく。体を支える手すりがない。玄関先で靴を脱ぐというかつては簡単だったことが、広さが足りなかったり、 高さが低すぎたりして思うようにいかない。 不自由さに怒りを感じるうち、自分が手がける家づくりに体験を生かせないだろうか、と考え出した。 高齢化社会を迎え、きっと求められるはず、と読んだ。

リハビリに詳しい医師や福祉の民間団体の意見も採り入れ、志水さんがいたる所にうるさく口を出し、工夫を重ねたモデルハウスが1月に出来上がった。 一度は三途(さんず)の川を渡りかけた。その体験を生かす形でハウスができたのはうれしい。それでも自分を障害者と認めたくない気持ちが残るという。

「仕事という目標がある。こんなモデルハウスが全国にもっと増えればいい。私は常に、その先を行くつもりです」
「ワンマン社長」は自信たっぷりだ。