61号 お陰様で40周年対談特別企画 『三和住建40年の歩みを振り返り』

今回のお施主様訪問記は、創業当時よりお世話になっている浅沼重臣様、深沢勲様と創業者である志水勇祐(会長)と志水哲也(社長)による対談をさせて頂きました。弊社従業員である河合(以下Kと表示)がインタビューを交えながらの対談形式で、40年を振り返らせて頂きました。

K 40年の歴史を振り返り創業当時の事をお聞かせください

会長 志水勇祐

会長:今から55年以上前、当時はオイルショックの時で、資源がない時代でした。長野から材木を積んで町田に出て来て土地を探していたんですよ。その時に浅沼さんのお父さんから「土地を貸すよ」と言って頂き、広東商店という材木屋を立ち上げて、それから建築請負に発展したんです。

浅沼様 親父から聞いた話では畑をやっていたら、「土地を探しているので、売ってくれる所はないですか」と言われて、上宿バス停前(町田街道沿い)が当時は松林で、そこなら空いているから、貸しますよという話でしたね。

K 広東商店は順調でしたか?

会長 私は営業として働いていて順調でしたが、15年位経った昭和52年11月に広東商店にリストラされたんです。その時「そんなのとんでもない話だよ。仕事がもらえるのは勇ちゃんのお陰なのに」と浅沼さんのお父さんが私をかばってくれましてね。浅沼さんの土地に会社を建てさせて頂いたのが昭和53年2月。ここから三和住建が始まりました。

社長 その当時の事はよく覚えています。設立当時、私が小学校4年生の頃でした。作業場は深沢様にお借りしていましたね。

深沢様 うちも広東さん時代に家を造ってもらって、その時の知り合いが「勇ちゃんなら絶対大丈夫」と太鼓判だったので貸したんです。

浅沼様 設立した時は何人だったの?

会長 私とかみさんの二人でした。

社長 当時はトタン張りの15坪の平屋でしたよ。それから2階建になりましたね。

K 印象に残っている出来事はありますか?

浅沼様 一番印象に残っているのは、会長が倒れた時の事ですね。お孫さんが産まれる直前でお祝いの日も決まっていてね。その頃倒れられて病院にお見舞いに行ったら寝たきりだったから、びっくりしましたね。これだけ回復して感心ですよ。厚木のリハビリの病院にお見舞いに行った時は「車いすから立つ」と涙をこぼしながら頑張っていましたよ。

浅沼 重臣様

K その頃の三和住建はどうでしたか?

社長 工事が5人、事務が1人、私と会長で全員で8人です。会長が倒れた後、深沢様から今の家を建て替えるお仕事を頂きましたね。

深沢様 昔の家は陽が当たらなくて、建て替える事になって、その時にSW工法(SW=スーパーウォール)の話がきましたね。

社長 SW工法を始めて深沢様のお宅が3棟目だったかと思います。

深沢様 私は古い人間で、昔ながらの一本の柱で造ってもらいたいと思っていたんです。

K SW工法にした決め手は何ですか?

深沢 勲様

深沢様 先にSW工法で家を建てた人から「凄くいいから」と勧められて、SW工法にしたんですよ。当時合板なんて信用できないと思っていました。でも「無垢は必ず隙間があくよ。来は暴れるからね」と言われて、そんなうまい話はないよ。なんて内心思っていましたけど、SW工法にして本当に良かったです。

社長 当時「布団が軽くなったし、結露がなくなった」と深沢様のお母様におっしゃって頂いたのが嬉しくて今でも思い出します。

K 会長が病に倒れてしまい、三和住建をどのように見ていましたか?

浅沼様 形の上で大きくなっていくのも分かりましたし、非常に目立つようになりイメージは良かったですよ。

深沢様 会長が倒れられても、会社が大きくなるといるのは、会長の信用度が高いと言う事ですよ。人の口には戸は立てられませんからね。

K 地域に密着していくのに必要な事は?

社長 地域の方々は二百年も三百年もその土地の相続を繰り返しながら、行事だったり、お金や身体も使い代々地域に貢献されて、その方達のお陰で学校も出来、道も整備され、皆で街づくりをしてきたと思うんです。 その地域の方々やお客様の為、地域を良くしていく事が必要だと思います。いろいろなご縁を頂いてお仕事を頂き、感謝していますし、街が良くならないと皆が良くなりませんから。

浅沼様 我々の思う地域密着は、地元のどこの地域と言えば誰だか分るんですよ。
どこの誰か分らない人に大事な事を頼めないんです。

浅沼様 我々の思う地域密着は、地元のどこの地域と言えば誰だか分るんですよ。
どこの誰か分らない人に大事な事を頼めないんです。

会長 お世話になっているだけで、信用が増す
のもお二人のおかげです。
深沢様 お世話したつもりもないし、逆にこちらも助かっていますよ。一生に一度の家を建てるという大仕事の時は、必ずいろんな人に聞いたりするものですよ。そんな時に信用度の高い工務店の名前が出るんですよ。そこが三和住建さんの根本じゃないかと思うんです。今までの実績があるから、そのままそれに沿って行けば成長の一途をたどるのでないですか。

K 今後の三和住建に期待する事などを
お聞かせ下さい

浅沼様 すぐに駆けつけられる小回りが利く会社として地域に密着してやったらいいと思いますよ。

会長 建築は大きくする時は楽だけど維持していくのは大変でね。社長を交代して、若い者がやる方が今は、お客様の為になっていると思います。;

社長 三十年以上続いている建築会社は少ないですね。;

深沢様 社長だけに信用があっても周りにいる従業員さんの信用もないと会社は伸びないですよ。従業員さんや周りの人がいい加減な事をやっていては、いくら社長に信用度があっても、皆がぶら下がっていては社長一人では出来ませんから。従業員さんの努力が会社の信用を高めると思いますよ。;

浅沼様 信用したらとことん信用するけど、それまでが本当に大変だったと思いますよ。会長のお人柄がやっぱり良かったからでしょうね。;

会長 三十年四十年とお世話になり本当にあ
りがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。

左から(会長)志水勇祐 浅沼様 深沢様 (社長)志水哲也

~インタビュアー(河合)よりひと言~
40年間、沢山のお客様や地域の皆様に支えられている事を改めて実感致しました。心より感謝申し上げます。
社員一人ひとりが責任を持ち、家づくりや街造りと、ますます皆様のお役に立てるよう精進して参りたいと思います。今後とも末永いお付き合いをどうぞよろしくお願い致します。

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